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先生の幸せ研究所設立の理由

【小学校教員を辞めた理由と人生が180度変わった話】

2度の教員経験

先生の幸せ研究所代表 澤田真由美です。

 

2度の教員経験があります。

 

はじめは東京。

結婚して大阪に来ることになりいったん退職。

 

専業主婦や事務のパートや学童保育のバイトなどをしましたが、

やっぱり小学校で働きたいと、大阪で再び教職に。

育児と仕事の両立は大変でしたがたくさんの人に支えていただき、

やりがいと充実感を感じていました。

「天職だね」と言っていただいたことも。

 

今の私しか知らない人には驚かれますが、

東京では、とにかく子どもたちを押さえつけてばかりの先生でした。

 

ボロボロだったはじめの教員生活

子どもが描いた教室風景の中の私は怒った顔をしていました。

クレームがまた来ているのではないかと連絡帳を見るのが

こわかったし、ミスをして保護者会で袋叩きにあったことも。

我が子が頭ごなしに叱られたと思いこんでクレームを言ってきた保護者に

本当のことを説明することもできませんでした。とにかく、

何と言ったらいいのかそもそも何か言ってもいいのかすべてにおいて

自信がありませんでした。謝るしか知らなかった。

 

保護者はきっと、1年のしんぼうだ。と思っていたでしょう。

申し訳ないし、もっと違うやり方があったのに…と、今更ながら思います。

職員室で心を開くこともできませんでした。

教えてください、が言えなくていつも「すみません」が枕詞に。

周りから「できない先生」と思われているのがわかって居心地が悪かった。

校長からは「自信がなさそう」と。土日は疲れ切ってほとんど遊ぶ気にも、

ましてや学ぶ気なんてなれませんでした。教師の自殺のニュースを見た

母は私を心配していました。

夏休みでも、解放感はゼロ。2学期が始まるのが怖くて怖くて、憂鬱でした。

休憩0分の13時間労働。なのに溜まる仕事。「身を削る」とはこのことか、

とよく考えていました。

結婚して大阪行きが決まった時は正直、

「やっと解放された。やっと人間らしい生活ができる。」と思いました。

 

そうして逃げるように大阪に来たわけですが、そんな私がもう一度

大阪で教師になることにしたきっかけは、一冊の本との出合いです。

変化のきざし

「結果を出して定時に帰る時間術」(著:小室淑恵さん)

何気なく本屋に入った時に目に留まった一冊。もしこのタイトル通りの

ことができるのなら、もしかしたら私にも楽しく働けるのかもしれない! ?

本には、仕事か私生活のどちらかをとって、どちらかを犠牲にするのではなく

両方手に入れることはできる。むしろ両方ともとった方がより充実すると

書いてありました。今まで私が思っていたのと真逆の考え方・やり方に、

わくわくどきどきしながら夢中で読みました。

同じ頃に、もうひとつ運命を変えたのがお笑いセラピスト尾崎里美先生との出会い。

もう、衝撃でした。「心ってこうなってたんだ〜」

今まで不運だったのには、理由があったんだ。

 

そこから とにかく自分が変わり、そして、なだれに巻き込まれるように面白いことが展開。

そして実現したのが、子育てしながら夫と協力・尊敬し合いながらの共働き。

結婚当初お皿もさげなかった夫が毎朝、0歳児をお風呂に入れ、

ご飯を食べさせ、保育園の荷物を用意して、お帳面に息子の

家での様子を書き、鳥にエサもやって、その他もろもろの

家事をして、保育園に息子を送ってから出かけてくれるように。

しかも喜んで。

また、仕事への考え方が根本から変化。

すると、ありがたいことに

子どもからも保護者からも喜んでもらえることが多くなりました。

特に、保護者の方々からかけてもらった言葉は大きな喜びでした。

「親子ともに大切なことを教えてもらいました。一生の宝です。」

「子育ての伴走をしてもらいました。」

「懇談が毎回楽しみです。」「型にはまらない先生」

幸せを感じた2度目の教員生活

思い返せば、大阪で仕事復帰の時は、

勤務校も担当学年も知らされずに何も準備できずに迎えた新年度。

 

0歳児を抱えての知らない土地。

夫も私も両親は遠方なのでお迎えを代わってくれる人はいないし

保育園は遠くて車での送り迎え。もっとハードな人もいると思いますが

私もなかなかレアなケース(笑) 毎日お迎えの時間との戦い。

いかに効率よく効果を出すかを常に考えて頭は朝からフル回転でした。

家族や同僚を信じて任せることもおぼえました。

 

「大変だけど幸せ!」と言える、あの本のようなあこがれの充実した生活。

教員を辞めた理由

教師を辞めることを決めたのは、学校の外に出て、子どもに関わる大人や

過去の私のような先生たちの力になりたいと思ったからです。

採用当初は希望に燃えていたはずの先生たち。仕事に追われる先生たち。

「こんなはずじゃなかった。」と悩む先生たち。

また、辞めてからも悩む先生たち。

必ず道があります。

私自身、東京で教職を離れたときには

つらかった出来事を思い出して眠れない日も。

気が付くと息を止めて、じーっと過去を思い出していたことも数年続きました。

私の場合は、保護者対応で苦しんだからこそ心理学を必死で勉強しました。

子どもとうまくいかなかったからこそ指導法を貪欲に学ぶ気になりました。

時間管理で悩んだからこそワークライフバランスについて学びました。

そうして徐々に自信を付けていく中で、過去のもがいていた自分を

いとおしく思えるようになりました。

「消したい過去」が、「必要だった過去」になりました。

メッセージ

すべては自由です。自分を大切に。

教師としても一人の人としても充実するために、教育の質や私生活を犠牲にする必要はありません。

子どもに関わる多くの人たちが癒やされることのお手伝いをしています。

それによって、子どもたちがさらに輝きだしてくれることを信じています。

※このページの文章は2015年春に公開したものに加筆・修正したものです。

◆先生の幸せ研究所:http://imetore.com/

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